大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(う)2012号 判決

被告人 原田国広

〔抄 録〕

被告人が原判示建物を全壊した事実は被告人も自認するところであり、証拠上も明瞭である。よつて右の所為が建造物損壊罪に該当するかどうかについて検討するのであるが、先づ、記録上次の事実は明瞭である。すなわち、被告人は昭和二十五年十一月頃鈴木達雄から右建物を金十二万円で買受けて店舖に改造してバー「モナコ」を開店したが、翌二十六年一月頃地主の馬上鉄雄から、右建物敷地は松沢一郎に賃貸したもので転貸を承諾した事実がないとして、被告人に対し建物を収去して土地を明渡すよう口頭の申入れがあつたので、被告人は鈴木達雄に対し、建物の売主として敷地賃借権についてもこれを保障するよう要求したところ、鈴木は責任をもつて善処する旨の言い訳を繰り返えしていたがその責を果さずに昭和二十七年に至り所在不明になつた。

本来右建物は松沢一郎所有のものであるが、当時宇都宮市において不動産業を営む鈴本達雄は、これを松沢一郎から買い受けたと称し、これを四戸に仕切つて、被告人外三名、すなわち、菊地代々栄、金田貞男、稲荷場長助にそれぞれ売り渡し代金の一部を受領しただけで、前記敷地賃借権の保障についても、責を負うかの如く言い遁れて、行衛を晦ましてしまつたのである。鈴木は松沢一郎より正式に右建物を買い受けた事実もなく、これを転売し得るものでないのを、当時松沢一郎が東京に居住しておりその管理も放擲しているのに乗じ、情を知らない被告人ら前記四名を欺罔して転売と称して、その代金の一部を受け取り逃晦したものではあるが、被告人ら四名は鈴木を信用してこれを同人から買い受け、菊地代々栄の買受けた部分は、六原治代が「安兵衛」という飲食店として、金田貞男は自転車販売店、稲荷場長助は青果物商、本件被告人は前記バー「モナコ」と、それぞれの営業経営に適するように、雑作その他を改装していづれも自己の所有店舖としてその営業を継続していたのである。そして六、七年もの間建物の真の所有者松沢一郎からは建物不法占処等その所有権の侵犯を訴える申出もないので、被告人ら四名は、鈴木達雄は代金の一部を拐帯して行衛を晦ましてはいるが、その売買取引は真正適式に行われたものと考えて、所有者松沢一郎に対し、昭和三十二年所有権移転登記手続請求の民事訴訟を提起したのである。勿論この訴えは被告人ら四名の敗訴に帰したのであるが、その判決が宜告されたのがそれより四ケ年を経過した昭和三十六年九月であつて、その間右建物は文字通り繋争中のものではあつたが、被告人は昭和二十五年十一月鈴木達雄よりこの建物を十二万円で買い受けたときから計算すれば、正に十年の間、これを自己の所有建物として、そのバー「モナコ」経営のため、前後数回にわたつて改造、改装を加え、昭和三十年より昭和三十四年にわたつて総額六十万円の多額の費用をもつてその大改造を施しているのである。民事上の法律によれば松沢一郎の建物所有権を否定することはできないのであるが、賃借建物についてでも、これだけの大改造、大改装を施すには賃貸借当事者間に将来に問題を残さないだけの十分の諒解を必要とするところであるのに、仮にそれが他人の所有建物であり、而も不法占拠の建物であるとすれば、一層複雑な問題を残す訳である。したがつて、真の所有者であれば、このような大改造、大改装を目撃したらその所有権保全のためにも、また将来の紛争を防止するためにも、これを看過黙視すべきものでないことは条理の示すところである。所有者松沢一郎は右建物敷地に対する地代もすべて滞納している程であつて、その所有建物に対する所有者としての管理は、十年間全く放擲し続けてきたものである。被告人らが鈴木達雄の言葉を信用してこれを買い受けて以来、これに前記のような大改造、大改装を施したのは、自分の所有権を確信した善意に基くものと認められる。右建物の所有権の帰属という純法律的な判断とは別に、被告人の右のような善意を否定することはできない。

次に、被告人が右建物を全壊した事情は次のとおりである。すなわち右建物の敷地の所有者馬上鉄雄は、昭和三十三年に死去し、馬上鉄蔵が右土地所有権を相続取得したのであるが、同人は昭和三十四年被告人に対し別の土地を格安にて売却すべきことを代償として、本件土地につき、その建物を収去して明渡すべきことを要求してきたのである。馬上は松沢一郎に対し建物所有の目的をもつて右土地を賃貸しており、松沢がその地代を長年滞納しているため、債務不履行を理由として松沢に対する土地賃貸借契約を解除して地上の本件建物の収去を求めており、その訴訟が早急に決着すれば、被告人に対して別途建物収去を要求する必要もない筋合であり、かつ、被告人の居住する右建物が被告人の所有に属するものか松沢一郎のそれに属するものか繋争中なのであるから、被告人を建物所有者としてこれにその収去を求めることも多少筋違いではあるが、馬上としては当時右土地を早急に「更地」として他に処分したい意向もあつて、そのためには「不在」の松沢一郎を相手にしては早急な措置は到底望めないところから多少筋違いではあるが、現実の居住者被告人らに対し、その建物の収去を求め、前記金田貞男には立退料五十万円を支払つて、被告人よりは一足先、昭和三十五年十月、その取毀しを敢行したのである、(原判示第一事実)、被告人は昭和三十四年十二月換地の意味で馬上の別の土地を二百五十万円で買い受け、そこに「白鳥」を開店し、旧「モナコ」(本件建物)にはその妻シヅ子を居住させていたが、早晩これを取毀つて土地を明渡すことを馬上に承諾し、翌昭和三十五年十月頃飯塚三郎にその解体を依頼し、その古材売却代金として一万五千円を受領したのである。右建物の所有権の帰属について当時民事の訴訟が繋属中であり、その訴訟にも敗色濃厚なるところから、いわば、破れかぶれの手段として所有者松沢一郎の正当な権利を侵害する意図をもつて右建物を損壊したというものであれば格別、本件被告人にはそのような事情は認められない。当初の買受代金の数倍の多額の費用を投じて改造、改装を施して自分の所有物と信じ店舖として使用してきた建物ではあるが、地主馬上鉄蔵より換地提供を条件に建物を収去して、「更地」とすることに協力を求められ、これに応じたまでであつて、一万五千円の金員を目的としてこれを全壊売り渡したものでないことは言うまでもなく、特に松沢一郎の権利を侵犯する害意をもつてなしたものではない。これをもつて刑法第二六〇条の建造物損壊の罪に問擬することは相当でない。被告人に対し右公訴訴因につき有罪を言渡した原判決は事実を誤認しかつ、法令の解釈適用を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(関谷 内田 小林宣)

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